一九五〇年代も末に近づく頃、世界経済の安定的な成長の波に乗って日本経済にも成長の好循環が機能するようになった。春闘をつうじて高額の賃上げが毎年行われるようになり、また春闘に参加する組合や労働者の数がふえるようになったのはこの頃からである。春闘による賃上げ額そして賃上げ率が一九六〇年代から七〇年代の例の高度成長時代にめざましく高まっている事がわかる。それと同時に。この時期には賃上げ額の分散係数が目立って小さくなっている。
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分散係数が小さいということは多くの会社の賃上げ額が似たり寄ったりになっているということをあらわしている。つまり、春闘のいわゆる世間相場が影響力を強めて、賃上げ額の平準化が進んだということを意味しているのである。高度成長時代にはこのように春闘方式による賃上げが日本全体にひろまり、すっかり定着した。毎年、春になると日本中の会社で一斉に賃上げ交渉が行われ、鉄鋼や私鉄の賃上げが目安になって世間相場が形成され、多くの企業はその世間相場の近辺の賃上げをするようになった。そして人々はこうした賃金改定のあり方が当然のものと思うようになり、春闘賃上げ方式はいうなれば事実上制度化されていったのである。