子会社への出向を命じられた管理職のKさんは、悩んだ末に出向条件を飲むことにした。厳しい出向先の仕事に耐えるKさんに、ある日事件が訪れる。「実のある転職を実現するためには、名を捨てる勇気がいる」。お題目としてはその通りだと納得出来るが、実際に転職する人の話をつぶさに聞くと、名を捨てることこそが難しいのだと、気づかされることがある。数力月前のこと、有名大手メーカーA社の管理職Kさんは、まさかと思っていたリストラの対象になり、子会社B社への出向の辞令を受けてしまった。
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B社はA社グループの中でも特に職場環境が良くないことで知られ、今やリストラ出向のための企業に成り果てている会社だ。内心憤慨やるかたないKさんだったが、露骨な左遷にあっても、すぐに転職に踏み切る決断は出来なかった。Kさんを踏みとどまらせたのは、Kさんを取り巻く家庭環境である。Kさんの親類は皆、有名大学を出て有名企業に入っている。このままA社を離れるとなると、Kさんだけが、兄弟や従兄弟の中で唯一リストラされた人間ということになってしまう。親族のつき合いもある中で、これは出来れば避けたい状況であったらしい。さらにKさん一家は、社宅に住んでいるため、奥さんの近所づきあいもA社の人達が中心で、子供達の友だちにもA社に勤めている親が多い。きれいさっぱり会社を辞めることも考えたが、都落ちのイメージを近隣に抱かせるのも釈然としなかったし、出向とはいっでも表向きはA社グループに属しているわけだから、そのステータスは大切にしたい、という気持ちも多分にあった。そんな中で悩んだKさんは、結果的には出向条件を飲み、子会社のB社に勤めるようになったのである。B社へ出向したKさんは、年下の理不尽な上司にこき使われるという、厳しい待遇に耐えなくてはならなかった。B社で煮え湯を呑まされていることと、親族や世間への体裁、家族に迷惑をかけたくないという思いの板挟みで、Kさんは悶々とした日々を送っていた。